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横須賀のカウンセラーのブログです。『箱庭療法』を中心に、カウンセリング・心理学全般を考察中。映画や本についての感想もUPしています。
 9月10日(月)精神薄弱者愛護デー 休職225日 晴れたり、曇ったり、雨降ったり

職場に行ったり、図書館行ったり、父の介護認定に立ち会ったり・・・疲れました
 
tama
←ニャーニャーアフィリ初心者はニャーッと行きましょう

 今日は職場に診断書を届けに行った。
 朝の9時。
 ほぼ時間通りに着く。

 上司と今後のことについて話し合う。
 手続き上の問題と、
 リハビリ通勤のこと。

 そして・・・なんと、

 11月からリハビリ通勤
 
 になりそうです。

 不安はあるけど一歩前進。
 1時間弱で終了。
 知らぬ間に同僚が妊娠していて、
 大きなお腹。
 健康で元気な子が生まれるといい。
 時の流れを感じ、
 ちょっと複雑。

 その足で一端、
 ユーターンして大学図書館へ。
 いろいろあって全部読めなかったので、
 延長してもらいたいと言ったら、
 学生じゃないからダメと言われて、
 あきらめる。

 さらに床屋へ行ったら休み。
 
 父の病院へ行って、
 時間が早かったので、
 近くの元フランス料理屋で、
 今はハンバーグ専門店で、
 「フレンチローストハンバーグ」なるものを食す。
 高いし、味もちょっと・・・

 で、外に出たら雨。
 傘がないので、濡れていく。
 父とぼそぼそ話し、
 ほぼ時間通り「介護認定」を受ける。

 頭はしっかりしているけど、
 やっぱり歳を取ったなあと感じる。

 帰りも雨。
 仕方ないのでタクシーを呼ぶ。

 家に帰ったら、
 どっと疲れて、
 ベッドに直行。
 本を読みながら寝ようとするけど、
 眠気はあるのに寝られず。

 ちょっと色々あった一日だった。
 夕食は『玉川』で「てんぷらそば」
 カネもかかる一日だった。

 
tama
←夜景が綺麗なレストランで・・・プロポーズのかわりに登録しよう

 ゲド戦記』(アニメ版)

 あんまり評判が良くなかったみたいだけど、ボクには単純におもしろかった。原作者の「ル・グィン」が認めなかったり、テレビでメイキングみたいなのを見てたら、親父の「宮崎駿」が試写会で途中退席してたりしてたから、さんざんな作品かと思っていた。

 ストーリーは、『ゲド戦記』のなかの「アレンの父殺し」のエピソードと「バランスを失った社会」「魔法が生きていた時代と物質文明とのはざまの時代」の部分をちょっとつぎはぎぎみにつなげている感じだけど、まあ、これは大長編を時間的制約のなかで切り取るわけだから仕方ないかな。

 でも、主人公は「王子アレン
血気盛んな青年だった「ゲド(ハイタカ)」は、立派な老賢者になっている。「アレン」は「終末」への不安から、生きることの困難さを感じ「父王」を刺してしまう。精神分析のフロイトの「父殺しのモチーフ」みたい。「宮崎駿」はこの場面で退出したのではないかと邪推する。
ちゃんと「アレン」のシャドウ(影)も出てきますよ。「ゲド」にもいたけどね。

 『ゲド』は本当に心理学・神話・民俗学の勉強になるなあと思った。ただ、『ゲド線記』ってタイトルに誘われて見た人には、原作を読んでいる人は物足りないと思うし、原作を読んでない人には誤解を与えるかもしれない。サブタイトルをつければよかったのに。
『ゲド戦記ーアレンとテルーの物語ー」とか。


 「今日の名言」-どんな場面か想像してみてねー

 ことばは沈黙に
 光は闇に
 生は死の中にこそ
 あるものなれ
 飛翔せるタカの
 虚空にこそ
 輝ける如くに  (エアの創造)

「死を拒絶することは、生を拒絶することだ。聞きなさい、アレン
 わしらがいずれ死ぬことが、分かっているのは、わしらの宝物なのだ。」

「疾病は世界の均衡を守ろうとする運動だが、これは、世界の均衡を破ろうとする運動だ。そんなことができるのは何か・・・分かるか。」

「すべてのものには真の名がある。その真の名を知ることが魔法である。」

「まだ終わったわけじゃない。もうすぐ夜明けが来る。耳を澄ましてごらん。希望が近づいて来る。」


 現代の「均衡」を失った世界だと思うな。でも、希望はある。

 明日は一日OFFにする予定です。でも、ブログはアップします。
 お休みなさい。
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 2007年1月22日(月)平日 晴れ 13度

 今日から休職生活の始まりである。本当は、ちょっとした変化が起こったのだが、それは、また、後で述べることとする。まずは、朝の話。
」は朝が大事である。10時に目覚めたが、何ヶ月ぶりかのすがすがしい気分。久しぶりのこの気分を堪能した。昨日、今日は完全OFFにすると宣言したが、一つ大事なことを忘れていた。もう1件、医師から診断書をもらわなければならなかったのだ。

 前回、「」でもうどうしようもなくなって、あちこちに電話をかけまくったのだが、「心療内科」「神経科」「精神科」のどこも、いっぱいで、絶望的な気分を味わったことが頭をよぎる。

 急いで、今通っているクリニックから紹介されたところに電話をする。やはり、いっぱいという返事だったが、無理無理に頼み込んで、なんとか1件、30日の2時半(実際に行くのは1時半)の予約を取り付けてホッとする。良い先生だといいのだが・・・。

 でも、病院も、受付の対応が違うと受けるイメージが違うね。ちゃんと話を聞いてくれるのと、「何があろうとダメです。」っていうのとか・・・。こっちは死ぬ思いですがりついているのに、にべもなく断られると、その分、傷口が開いて来るような気までしてくる。

 まあ、とにかく予約だけは取れたので、一安心。折り返し、職場に連絡して予約が取れた由を伝える。これで手続き上は問題なく済みそうだ。しかし、また、頭を悩ますことを言われる。「休職期間を一年にした方が良いのではないか。」ということ。ボクも短くて3ヶ月。うまく行くには半年位の期間は必要とは考えていたが、1年間となると、ちょっと想像ができない期間だ。経済的なこともあるし、判断に迷う。相変わらず迷路から抜け出られない状態だ。

 そんなことを抱えながら、昼を取りに外へ出る。途中で郵便局に寄り、NTTカードの申請書を送る。前にラーメン屋だったところに、新しいラーメン屋が作られたことを知る。今日は開いていなかったが、次は試しに行ってみる予定。「○○○家」にて、親子丼をランチです。おつまみ、つけもの、ヨーグルト、味噌汁。コーヒーまでついてワンコイン、500円なり。相変わらず安いぞ、がんばれ「○○○家」

 家に帰ってからPC君をいじくりまわして、5時まで時間をつぶす。ブログ・HP・ポイントサイトをまわって、ネットサーフィン。夜、眠れなくなっては困るので、この時間帯は極力寝ないようにしている。5時半に外へ出て、「ローソン」でカップラーメン「でかまる ねぎとんこつ味」と玉子サンドウィッチとからあげくんを買い、おやつのチーズクラッカーを仕入れて夕とする。

 今週いっぱいを「身辺整理キャンペーン」と名づけ、今までできなかった「掃除」「洗濯」「もろもろの雑事」をじっくり、ゆっくり片付けていくことにする。そのうち休職中の過ごし方も見えてくることだろう。

 さて、今日は映画ゲド―戦いのはじまり』 アニメの宮崎駿の息子が作った『ゲド戦記』とは違うから注意するように。もちろん、原作は「ル・グウィン」で一緒だが・・・『指輪物語』『ナルニア国物語』と合わせて、世界三大ファンタジーの一つである。期待はするが、話題にはなっていないので果たしてどうだろうか。感想は余裕があれば書くことにする。

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 『ゲド』 思ったより、中々良かったですよ。映画の『指輪物語』と『ハリー・ポッター』を二つに割ったイメージと言えば伝わりやすいでしょうか。映画ではなくて、もしかしたら外国のTVドラマかも知れませんが、CGも含めて、映像は、かなりの完成度。

 ボクは実は上で述べた三大ファンタジーの中では、一番、とっつきにくいものだったんです、1巻目はゲドの若さゆえの傲慢さが鼻につき、いらいらすることばかり。でも、こうやって映像にすると、そういう部分は削られて、面白くなるもんなんですね。

 映画ははじめから10分くらいで、ベッドシーンが入ったりして、ねらいはむしろ大人向けなのかなとも思う。2編治められているけれど、どちらも10分くらいで、すぐベッドシーンが起こる。日本の「混浴温泉殺人事件」みたいな感じかな。でも、力の入っている作品。

 ボクのうろ覚えで申し訳ないけれど、これは『ゲド戦記』の一巻分くらいかなと思う。

 基本的なストーリーは、「アースシー」というあちこちの島国が、邪悪なもの達にめちゃくちゃになりそうになった時に、エスファーラン姫を始めとする巫女団が彼らを封じ込めなんとか平安を保ったのだけれど、その封じ込めに必要とした腕輪が、何者かによって破壊されたため、この世にまた混乱がもたらされそうになっている時代。天下統一を狙うのは「カルガラン」という国の王様「タイガス」 ゲドは、予言によって、天下の平安をもたらす存在となる。

 実は、ここには「ユング」のいう元型が良く現れているような気がしてならない。主人公の「ゲド」が常に戦い続けなければならない存在として、彼が闇の国から呼び戻した「ゲペス」という人間が「ゲド」の「シャドウ。」 魔術師「オジオン」や大賢人「ロマール」は文字通り
「賢者。」そして、「アニマ」には「テナー」とう巫女。そして、親友の「カラスノエンドウ」はトリックスター。見事な役割分担だと思う。

 ただし、それは原作が良くできているからで、この映画を作った人間はそんなことは関係ないだろう。「物語の定型」をきちんと抑えただけである。

 しかし、このお話で気になるのは「真の名」という言葉。例えば、主人公の「ゲド」の真の名は「ハイタカ」 その名を知ると、魔術がかけられると言う。実は、このような例は日本にも在って、本当の名前を知られると、その人の言うなりになってしまうという例(特に女子)が散件されるのである。そのため、古代においては、実名が残されている女子の例は少ない。たいがいは「○○の妻」とか「○○の娘」などと表現されている場合が多いのだ。女性は特に知らない人間に本名を名乗ることは物語や和歌の上ではない。『源氏物語』の女性達を思い出してみるが良い。本名など一つもない。これは、世界共通のものなのだろうか。もしそうであるならば、ユングの集合的無意識も分からないでもない論理になる。もっとも、人類の発達の歴史はどの国も同じようなものだ、と言ってしまえばそれだけなのだが・・・。


 今日の名言

 ゲド「必死で飛んだ。師匠なら助けてくれると・・・でも逃げられない」
 オジオン「影の名は?」
 ゲド「誰も知らない。」
 オジオン「戦うしかない。」
 ゲド「戦う?二度も逃げ出した。」
 オジオン「三度目の正直だ。」
 ゲド「そんな力はないよ。ここに残ることもできない。巻き込めない。」
 オジオン「分かった。それでは、少し耳の痛いことを話そう。」
 ゲド「何?」
 オジオン「向き直れ!」
 ゲド「向き直る?」
 オジオン「そうだ。逃げるだけでは敵の思うつぼだ。これから進む進退は自分で選べ。追う側にまわるのだ。」


   映画『ゲドー戦いの始まり』より。

 この作品って、ひょっとしたら、傑作になるかも。少し大人向きだけれど、続編が見たいと思う。
 
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