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横須賀のカウンセラーのブログです。『箱庭療法』を中心に、カウンセリング・心理学全般を考察中。映画や本についての感想もUPしています。
 2007年2月15日(木)平日 休職24日目 天気 快晴 ?度

 今日は職場に行く日。「10時くらいに来てくれ。」と言われていたのだが、朝、に襲われ、とても動けず。仕事となると落ち込む。つらい。

 職場に℡し、「昼くらいになる」と伝える。こういう電話もつらいんだよね。でも、そのあとうつらうつらしながら、なんとか、11時くらいにベッドより出る。服。リーゼを一錠追加。

 行きに『そばっこ』で「てんぷらうどん」(かきあげ)
 水を買い、新聞を読みながら、職場に向かう。久しぶりだが、やっぱりけっこうかったるい。

 職場に行き、種々の書類を受け取り、次は19日の朝に書類を届けることになる。これは、とても遅れるわけには行かない。がんばって、朝、起きるしかない!

 帰りに途中下車し、本と『ケンタ』を買う。今日はDVDで映画をみる予定。映画のお供には「ケンタ」が一番。

 家に帰り、コーヒーを飲み、今日、初めてヴァイオ君とメールのチェック及びいつものルーティンワーク。けっこう時間がかかる。三回くらいにわけるのが、ちょうどいいかも。『楽天ブックス』で久しぶりに5千円以上の本を注文。「えい!」と気合をいれて、ボタンをクリックした。スーパーポイントは使わず。

 一通り、ルーティンワークを終えてから、何の映画を見ようか考える。結果『寝ずの番』を見ることにする。今日は、その紹介。

 『寝ずの番』は、中島らも原作の中篇(連作短編?)小説。噺家の世界を舞台にした、葬儀模様を描いた作品。映画では伊丹十三の『お葬式』が有名だが、ある意味タブーな世界を描いている。しかし、結婚式にせよ、葬式にせよ、一番、様々な人間関係や人間模様が短時間であからさまになる場面でもある。

 監督は、これが映画初挑戦の「マキノ雅彦」

 はっきり言ってボクとしては、小説の方がおもしろいと思うが、ビジュアルで見られる部分については、映画の方がばかばかしくて切ない気がする。

 発端は関西の落語の大家、「橋鶴師匠」の死から始まる。ばかばかしいエピソードをまじえつつ、通夜の夜の「寝ずの番」が、弟子達を中心に始まる。噺家たちの「寝ずの番」だから、普通で終わるわけもなく、(それでは小説にも映画にもできない!)よっぱらったあげく、師匠の十八番であった落語「らくだ」の話のとおり、死人とともにカンカンノウを踊りだす始末。このシーンは、小説よりもおもしろい。

 続けて、一番弟子の「橋次」が亡くなり、「寝ずの番
 
 そして、最後は「橋鶴師匠」の奥さん、「志津子姉さん」の死。

 「志津子姉さん」の通夜の「寝ずの番」の中で、「志津子姉さん」が昔、「今里新地」というところの芸者で、「橋鶴」はある鉄工所の社長と争って「志津子姉さん」を妻にしたという経緯が話される。

 しかし、その通夜の席に、当の元鉄工所の社長さんが来ていたことから、始まる馬鹿騒ぎ。その社長の「志津子姉さん」に捧げた「ちょんこ節」と言われる、いわゆる、下ネタを中心とした艶歌を口火に次々と繰り出される下ネタの数々。純真な女性だったら、下を向くことだろう。

 しかし、噺家の世界では「さもありなん」という不思議な感じの世界で、これはこれで死者の弔い方としてはあってもいいかなと思わせるもの。今日は、その唄の中から、「志津子姉さん」をものにした「橋鶴師匠」の戯れ唄と、弟子とその家族が「志津子姉さん」に捧げた唄を今日の名言に代えておわりにしたいと思う。


 今日の名言

 「噺家たちの唄」

 オレが死んだらョ 道端に埋めてくれ
 蓮華、菜の花、春にゃ咲く
 笑わば笑えョ

 オレが死んだとてナ 誰が泣いてくれりょかな
 山でカラスがカーと鳴く
 笑わば笑えョ

 オレら噺家はョ どいつもこいつもドアホやから
 義理と人情には厚い奴
 笑わば笑えョ

 「橋鶴師匠のプロポーズの唄」
 
 おれの心は トタンの屋根よ
 かわら(瓦)ないのを 見てほしい


 ボクが死んだら、誰が面倒みてくれるのかナ。
 福祉の人だろうな。
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