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横須賀のカウンセラーのブログです。『箱庭療法』を中心に、カウンセリング・心理学全般を考察中。映画や本についての感想もUPしています。
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 2007年3月15日(木)世界消費者の日 休職52日目 曇り 肌寒い

 朝、7時に起床。
 気分は悪くない。
 本を読んで過ごし、
 10時位からヴァイオ君と
 遊ぶ。

 昼、『玉川』で「親子南蛮」でも
 べようと思ったが休み。
 『キッチン北村』で、「ヒレカツ和膳」
 ヒレカツは小さいのが二つだけだが、
 他に魚、煮物、サラダ、卵焼きが
 ついて、結構バランスが取れている。
 服

 午後は掃除をするつもりだったが、
 やる気がなくなり、
 モーツアルトを聴いて昼寝。
 『』の記事をアップする。
 
 夜はこれからのことも
 考えて、費の節約のため
 「ほか弁」屋を試す。
 でも、そんなに安くない。
 あんまり変わらないなら、
 今のままで良いかなとも思う。

 久しぶりに「のり弁」
 昔の「のり弁」に比べれば
 白身魚のフライと竹輪揚げ
 がついていて量的には満足。

 ここから先は難解です!

 さて、今日はフランスの精神分析家、ジャック・ラカンの「日本で一番易しい解説書」であるという『生き延びるためのラカン』を読了したので、紹介したいが、「中学生でも分かる」はずなのだが、ボクには、まださっぱり理解できない。何とかイメージがつかめた、「三界」についてだけ説明して終わりたいと思う。

『生き延びるためのラカン』(斉藤環

 ラカンが精神の構造を説明する言葉として創り出した概念は、精神構造を3つの世界に区分する考え方である。それを、この本では、それぞれ次のように説明している。

「想像界」
 意味とイメージでできている世界。それは、じかに知ることができる、一番認識が容易でコントロールも可能な領域のことを指す。例えれば、CGの画像のイメージ。視覚的なイメージの世界、つまり「ウソの世界」になる。我々が一般に「現実」というのは、この想像のスクリーンに映し出された「日常世界」のことである。

 映画『マトリックス』におけるコンピューターによってつくられた偽物のイメージの世界

「象徴界」
 言葉だけの独自の世界。ただし、この言葉は意味を持たない。言葉の純粋な音としての側面(シニフィアン)が織り成す、実体のない空虚な世界。じかに知ることができないから無意識の領域だが、精神分析などの限られた状況下なら認識もコントロールできる世界。ある種の秩序や計算式のような抽象的ルールに基づいている。

 例えば、CGのプログラム言語。『マトリックス』で言えば、主人公ネオが覚醒してコンピュータのコードを読み解く世界

「現実界」
  認識もコントロールもできない認識の外の世界。感覚そのものを刺激するが、確かにあるけれど、その人が見たり聞いたり感じたりしている通りのものではない「物自体」を指す。

 例えていえば、CGのプログラム言語を動かすハードウェア。『マトリックス』で言えば、仮想現実のを見て寝ている人間の世界
  
 フロイトやユングの考えでは、意識は階層的な構造を持っているが、ラカンの、この三界は階層構造ではなく互いにもたれあっている関係にあるとしている。

 また、興味深かったのは、『トラウマ』と『』の記述。これらは特にラカンがどうのこうのというよりは、精神分析においては常識のようであるが、抜粋しておく。


 今日の名言

・トラウマを何とかしたいと思っている人に「忘れなさい」というアドバイスをしてはいけない。それはトラウマという現実的な記憶を温存することにしかならないんだから。そうじゃなくて、トラウマと正面から向き合い、それについて語り、あるいは書くことで言語化し、さらに言えば自分自身の人生の物語という形式の中にイメージとして取り込むことが必要だ。そうすることではじめて、トラウマを解毒することが可能になる。

分析というのは、精神分析もそうだけど、患者と分析家の共同作業だ。例えば、の内容からさらに自由に連想を働かせてもらって、解釈できない核心、つまり「のへそ」を探り当てる作業のことだ。この作業をするためには、分析家という他者のかかわりが欠かせない。フロイトも言うように、自己分析というのは、決して一般論を超えることができないからだ。


 ラカンはワカラン!?


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