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横須賀のカウンセラーのブログです。『箱庭療法』を中心に、カウンセリング・心理学全般を考察中。映画や本についての感想もUPしています。
08年4月9日(水) 休職429日 中途半端な曇り 

どうもやる気が出ない。毎日が退屈だ

 朝4時に起きる。
 これが早朝覚醒なのか、生活習慣なのかの判断は、
 微妙なところだ。

 できれば、午前中にルーティンワークを済ませ、
 午後は散歩をしたり、図書館へ行ったり、
 掃除をしたり、洗濯したりしたいのだが、
 最近は寝てばかり。

 でも、今日は寝なかった

 というよりは、読書をしていて、眠れなかっただけ。
 一気に一冊を読み終える快感
 久しぶりに味わった気がする。

 それこそ、今日紹介する『天切り松闇がたり』の第四巻。
 待ちに待った文庫化である。

 あとは、今日、久しぶりに『マルコ』へ行ってスパゲティを食す。
 日替わりの「ベーコンと玉ねぎのトマトソースパスタ」
 おいしかった。

 充実しているという感じはないけど、
 それなりに一日をこなせたかなという感じです。


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 天切り松闇がたり」
 昭和侠盗伝』(浅田次郎

tenkirimatu
 人情味あふれる粋な盗人・・・義賊たちの物語『天切り松闇がたり』シリーズの第四巻。
 平成の現代まで生き残った「細目の安」一家の生き残り。松蔵が罪をおかした犯罪者や悩んでいるものたちに昔話を語って聞かせる体裁をとりながら、大正から始まる世相もからませながら、物事の道理や人の感情と関わりの機微を描いてみせる短編集。

 今回は昭和に入り、時代はうさんくさい戦争への道を辿っていく時代の出来事だ。

 「中抜き」と呼ばれる天才的スリ師で男気あふれる親分格の「細目の安」も年を取り、江戸以来の「天切り」の技を伝承する「黄不動の栄治」は結核をわずらいサナトリウムで過ごしている。その技を「一子相伝」で伝えられたのが松蔵だ。

 詐欺師の「書生常」は帝国ホテルに住まい、粋な女スリ師「振袖おこん」はまだまだ健在。

 今回は一番兄貴格の強盗「説教寅」がわが子のようにかわいがっていた母子家庭の一子「勲」に召集令状が来ることが事件の発端となっている。

 お上に逆らって状況をひっくり返すことは不可能だが、こんな阿漕なやりかたに一矢報いてやらないと気がすまない。そんな思いから松蔵は気勢をあげるわけだ。今回は松蔵も成長しているから、いっぱしの仕事ができる。

 相変わらず人物造型がうまく、実にかっこいい。本当の「悪人」が出てこないのも人間的であるし、何よりも文章がリズミカルで小気味いい。好きだな、このシリーズ。


 今回は「天切り」という「二つ名」の命名の由来も描かれていて興味深い。

 「浅田次郎」は滅多にはずれがないからお勧めです。 


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9jyou1


 「今日の名言」―こんな時代だから噛み締める必要があるかな―

 贈賄でお縄になった政治家に対して一言

「おめえは、悪党だ。いいか先生、いかに民主主義の世の中だって、物事の善悪まで数の多寡で決まるわけじゃあねえ。たとえ一握りの善行でも、いいものはいい。みんなしてやろうが、悪いことァ悪いんだ。その道理もわからずに、運が悪かったと言うおめえは、根っからの悪党さ」

 出征する「勲」に説教する「寅弥」

「万歳を言うかわりに、俺ァいっぺんだけおめえに説教する。いいか、まちがったって実のてて親のところになんざ行くな。もういちど俺のところへ帰って来い。死んで軍神になるくれえなら、生きて卑怯者になれ。いいな、イサ。おっちゃんと約束しろ」
 勲は寅弥の顔を見つめたまま、そっと呟いた。
「おっちゃん、人に聞こえちまう」
「聞こえたってかまやしない。悪いのは俺じゃなくって、大日本帝国だ。わかってくれ、イサ。どんなやぶれかぶれの世の中だって、人間は畳の上で死ぬもんだ」  


 これを読んで初めて知ったことだが、当時の軍部のエリート達は、幼年学校から士官学校まで、要するに大学院クラスを出るまで「軍人は一切政治に関わるべからず」の教育を受けて、戦争のために純粋培養されていて、社会勉強など一切していないということ。新聞はおろか、余計な情報には目も向けさせられず育てられてきたこと。そんな人間たちが、権力を握ったのだから、この国は戦争を進めざるをえなかったのだろう。

 だって、彼らは「戦争」のやりかたしか知らないのだから・・・。

 今で言うなら、日本で一番お勉強ができる大学を卒業したものが、当たり前のように官僚となっていくシステムにも、何か似通ったものを感じてならない。

 もっと粋に生きたいもんだなあと思うのは、嫉妬心の裏返しだろうか?

 明日こそ掃除!ゆっくり寝ます。

 お休みなさい。

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 9月12日(水) 休職227日 曇り、時々雨ったら雨

「市民大学」へ行って来ました。雨の降る中。異常はありませんでした
 
tama
←テディベアではありませぬが・・・アフィリ初心者はベアッと

 朝七時くらいに起きる。
 昨日、ちょっと遅かったから少しずれぎみ。
 また、元にもどさにゃ。

 10時から「市民大学」の、
 「社会心理学」の講座。
 消化できたら紹介します。

 そのあと、
 「ウェルネス」という施設の
 レストランで、
 「ウェルネス雑炊」なるものを食す。
 思ったよりうまい。
 「雑炊」と「リゾット」の中間みたい。
 トマト味。

 さらに、その施設の「図書館分館」で、
 読書&資料作成。

 さらに、さらに、
 その施設のジムで、
 筋トレ、基本2セット。
 自転車20分。
 サウナにじっくり。

 今日は一日、公共施設を使い倒した。
 案外、いけるものだな。

 夕飯は『末広』で「かたやきそば」

 夜はテレビで、
 「阿久悠」さんの特番。
 聴けば聴くほど、天才だと思う。
 どれも知っている曲ばかりで、
 思わず口ずさんでしまった。
 歌謡曲のモンスターである。

 今日は、これも天才だと思うのだが、
 浅田次郎の『椿山課長の七日間』の映画版を紹介して終わりたいと思う。

 
tama
←カキカキカキ登録カキカキしよう

 椿山課長の七日間映画

 この世にきっちりけじめがつけられずに突然死してしまった人間がこの世に期間限定で戻ってくる話。

 死後の世界は日本だから「中陰役所」
 原作では、もっとお役所的に死後講習みたいなものもあるが、要はシステム化された役所って考えればいい。えんま様などいない。

 ただ、特例として、この世に大事なことを残して来た人には特例として、「初七日」までの間、1回だけ現世に戻ることができる。

 これを希望したのが、デパートに勤める、主人公「椿山課長」ともらわれっ子の勇一、やくざの武田。原作とは微妙に設定が違っているので、映画を中心に感想を書く。

 一つは子役がいい。芸達者な「須加健太」「志太未来」の二人。

 現世に戻ってくるときは、元の自分とは違うタイプにされるので、勇一は女の子、椿山課長は美女、武田は「ヘアー・アーチスト」
 生前の特徴を生かしながら、演じるのは難しかったろうなと思う。

 この死者3人を通して描かれる人間模様が中心のストーリー。

 死後の世界から戻ることによって、知らなくてもいいことを知ってしまったり、知ることによって苦しんだり・・・
 考えてみれば、自分を取り巻くすべてのことをボクたちは知っているわけではない。逆に知らなくてもいいことだってあるのだと思う。

 簡単に言ってしまえば、あるべき姿に収まらなかった不自然な愛の行方を描くことで、人間であるがゆえの哀しみと救いがテーマ。特に、大人の複雑な事情によって振り回される子どものけなげさは理不尽さも感じる。しかし、結局、最後にはピースはすべてぴったりとあてはまっていくのである。

 映画もそうだが、ぜひ原作を味わってもらいたいと思う。それぞれにいいところはある。ただ、文庫版は字が小さいからご注意を。


 「今日の名言」-ありふれた言葉ですが-

 須加健太演じる椿山課長の息子「陽介」が、女の子になってしまった勇一の代わりに本当の親に対して言った言葉。

 「お父さん、お母さん、産んでくれてありがとう。いつまでもそう思っています。それを言いたくて来ました。」

 その光景を見つめる勇一。
 産みの親の愛が感じられた瞬間だと思う。でも、その後・・・

 母親は、女の子に姿を変えた勇一に気づき抱きしめる。
 「ありがとう。」

 陽介が美女に変わった椿山に告白する言葉。

 「ボクね、本当のお父さんじゃなくて、育ててくれたお父さんに言いたいんだ・・・でも、もう、いないんだ。蓮子ちゃん(勇一)がうらやましい。」

 ツバキ(椿山課長)
 「大丈夫。絶対に伝わっている・・・奇跡はあるんだよ。」 


 安倍総理が辞任した。時間の問題だと思っていたが、案外、速かった。できれば、もう少し粘って欲しかったが・・・。

 次の自民党の布陣との勝負が、本当の勝負になる・・・と思う。
 


 
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憑神

 8月12日(日) 阿波踊りの日 休職198日 晴れ ばてるよ~ 

今日から規則正しい日にするつもりだったけど、初日からくずれてしまいました。エアコンをかけっぱなしにしたのが敗因です。
 
tama
←そろそろ満員で~すアフィリ初心者は大急ぎでボチッと

 爆睡です。

 エアコンをかけたまま寝てしまったようで、
 あまりの気持ちよさに一時まで、
 寝てしまいました。
 気持ちよかったけど、
 なんか半日をムダにしたような感じです。

 起きて、調理パンとコーヒーでブランチ?
 新聞を読んで、
 シャワーを浴びてたら、
 もう、「声楽」のレッスンの時間。
 準備してでかける。

 十分すぎるほど寝たせいか、
 声の出は良い。
 ほめられた。うれしい。
 高い音が課題だけど、
 なんとなくできるような気がしてきた

 家に帰り、メールだけチェックし、
 夕食。
 『末広』で「かたやきそば」
 旨し。

 夜は『鉄腕ダッシュ』『ジャンクスポーツ』
 『メントレG』
 右ほほの腫れは少しずつ治まってきた。

   
tama
←新しいあなたのための指定席ですよ~登録するだけ、か~んたんです。ボチッと

 『憑神』(浅田次郎

 映画化が速かったですね。原作の方です。

 他の浅田次郎の作品と比べて、格別、おもしろいとは思わないけど、相変わらず読者の気持ちをつかむのは一流。読み始めるとすぐに集中できます。浅田作品では並の水準だけど、佳作です。

 舞台は江戸末期。御徒士番と呼ばれる直参の侍ではあるけれど、貧しい身上の別所彦四郎が主人公。忠義の心厚く、学問・武芸に秀でている文武両道だが、出世とは縁遠い不遇のラストサムライ。

 あるとき彦四郎が酔った拍子に「三囲神社」に願をかける。しかし、その神社は神は神でも「貧乏神」「疫病神」「死神」の三点セット。次々に彦四郎にとりついては、彦四郎の運命を変えていく。さて、彦四郎はどうやって、この局面を乗り越えていくのか・・・という話。

 江戸から明治に変わる時代の激変期を、しっかり歴史的な考証に裏づけをとりながら、「江戸開闢以来の武士」がどう行動し、そして一人の「武士」がどのように生きていくのかを描くことによって、読むものを見事に浅田ワールドへと引き込んでいく。そして、何よりも、主人公の描写がユーモラスでありながら、感動と共感を呼ぶ。そんな作品である。


 「今日の名言」-アイデンティティとはかくあるものー

 「お言葉ではござるがの」
 と彦四郎は神に向き合った。
 「物事の道理は、数の多寡で決まるものではござらぬ」
 彦四郎の気魄に睨み倒されんばかりに、疫病神の巨体はずいと退いた。
 神の意のままならぬ人間が、ひとりぐらいはいてもよいであろうと彦四郎は思った。
 「別所家には祖宗より伝わる家訓がござる。お聞き下されるか」
 彦四郎は着物の袖をからげた襷を解くと、黒縮緬無紋の御徒士羽織を着て、父祖の血染をとどめる御影一番鎧に向き合った。

 「かつて曾子が、師たる孔夫子より承った訓えでござる。自ら反みて縮からずんば褐寛博といえども、われおそれざらんや。自ら反みて縮くんば百万人といえどもわれ往かん、と。-さなる心構えを、匹夫の勇と笑うなら笑われよ。九頭竜関」
 
 神は嗤わなかった。


 「君子は民と共に歩む」民意を失った政権に徳などあるわけがない。
儒教は民への戒めよりも、より多くの君子への戒めがある。
 それが分からぬ権力者などは、滅び行くのが運命である。

 お休みなさい。 
 2007年5月22日(火)ガールスカウトの日 休職119日目 晴れてる

 ブログの調子がなぜか良くなりました。ボクの調子も・・・

 朝6時に目覚める。
 まだ、眠いョ~
 だから、10時までウトウト。
 眠れないよりマシって無理矢理思う。

 10時の起き出して、
 ヴァイオ君を開く。
 なんと、元に戻っている
 ボクの調子も何となく良くなる。

 これって、もしかして、
 ヴァイオ君とボクは「集合的無意識」でつながっているのでは!?
 と、くだらないことを考えつつ、
 ひと遊び。

 昼は欲が湧かないので、
 「セブン・イレブン」のおそば。
 あの、固まっているのをほぐす汁は、
 アイデアもんだね。
 ボクはいつも水でサーっとやってたけど。

 夜も欲は湧かないが嫌ではない。
 きっと明日は元に戻ってるだろう。

 コメントくれた皆さん、ありがとうございます。
 ブログやってて良かったと思います。

 『地下鉄(メトロ)に乗って』

 「浅田次郎」の原作の映画。本を読んだときは感動した。この人は短編・中編・長編、何でもいける人なんだなあと思った。

 一部の作品を除き、どれもおもしろいのは奇跡的。現代の大衆小説の代表者だと思う。ちなみに一部の作品っていうのは『日輪の遺産』等の中国歴史もの。それだって、決しておもしろくないわけではない。ボクは初期の『プリズンホテル』や『きんぴか』などのシリーズが好き。泣いて笑って・・・真価というか、ルーツはここにある気がする。

 これもストーリーを紹介しちゃうと、面白みが薄れるんだけど、一種のタイムスリップものと思えばよい。現代と戦中戦後を地下鉄を媒介として、いったりきたりしながら、父親と自分と家族の物語を紡ぎだす話。

 おせっかいついでに、もう少し説明すると、主人公の父親は戦後の闇市でのしあがり、今では黒いうわさもつきまとう企業の社長。死に瀕している。主人公は父親のせいで長兄が自殺したと思い、籍は抜いて、母親の姓を名乗っている。妻子があり、同じ会社の女の子と不倫の関係にある。

 それはもう、輪廻転生というか、因果応報というか、キーワードは「罪と罰」

 今日は、その中から、うまい具合に原作をアレンジしてシナリオにしてあるなーと思った、父親の戦中のシーンから一言。


 『今日の一言』-『出口のない海』と比べてみて編―

 ソ連軍に追われた塹壕の中で、開拓団の先生と生徒たちとともに、

 「日本国は私たちを見捨てたのに、あなただけはつきっきりでいてくれた。もう充分です。できれば、手榴弾を一つ、置いて行っていただけないでしょうか。」

 「ばかやろう!死にてえなら、敵の弾に当たって死にやがれ。命取られるまで生きるんだってことをガキどもに教えてやれ。いいか、先生。オレが合図したら、みんなを連れて南へ走れ。一人も置いてくんじゃねえぞ。心配すんな。オレ、絶対死なないって易者に言われてんだ。」

 乾パンを先生に手渡し、一人、囮となり、兵をひきつける。

 「オレ様はな、地下鉄に乗って満州くんだりまで来たんだ。こんなところで死んでたまるか。何が満州国だ!何が新天地だ!オレは信じねえぞ。もう、何も信じねえ。」


確かに、東京の地下鉄に乗ると、迷路のようで異世界に運ばれても不思議ではない気がする。ボクは「鉄分」が入っているけど、乗っていて「おもしろくない」って思うのは地下鉄だな。車両は面白いけど・・。
でも、この映画みたいなことがあっても不思議ではない気がする。地下鉄の魅力をある意味では発見しているね。

 物語の前半で「浅田次郎」らしき人物が喫茶店の場面で出ているから、これから見る人は確認してみて。
 それから、この映画を見て、興味をそそられた人はぜひ原作に触れてみてください。
 「浅田次郎」と「スティーブン・キング」の小説は絶対、癒しの効果があります

 
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 2007年2月1日(木)平日 休職10日目 晴天 15度?

 8時に目覚め、9時に起き出す。鼻水が止まらないので、風邪も含めて服。いつもの朝。天気がものすごく良い。良すぎて、ちょっとぐったりする。

 ヴァイオ君でメールチェック。モタモタやってたから、意外に時間がかかり、11時30分に終了。急いで『マルコ』へ行く。昨日、12時にはもういっぱいだったから、今日は少し早目狙い。

 でも、1席しかあいてなかった。大人気だね。まあ、そうなると思ってたけど。

 今日は日替わりランチ「ベーコンとしめじとルッコラのエキストラバージンオリーブオイルソース」をす。あっさりして、ベーコンの塩味が効いていて大変旨い。

 マスターが昨日は入れなかったことを覚えていてくれて、デザートのアイスクリームの他に「かぼちゃのタルト」をサービスしてくれた。
自然な味がして、スイートもとてもおいしい。久々に事で至福の気分を味わった。

 家に帰り、音楽を聴きながら、『楽』と『週刊金曜日』を読む。BGMは『イマージュ4』と「モーツアルトのピアノ曲」
 気持ちよくなって、ピアノ曲の途中から熟睡。モーツアルトには催眠作用があるのか?

 起きたら5時近く、再度、メールをチェックし、夕飯をべに出る。今日は、駅近くの立ちいそば屋『そばっ子』がオープンしていたので、ためしに寄って見る。立ちいそばだが、椅子はある。「かきあげそば」が330円。味は・・・立ち食いそばである。

 家に帰ると、アマゾンからCD『威風堂々』(秋川雅史)が届いていた。あの「千の風になって」が入っている。明日、聞くことにする。


 今日は、このあとTVで映画壬生義士伝』を見る。DVDで見たが、もう一度見る気にさせる映画だ。原作はボクの大好きな浅田次郎。見終わったら、感想を書く。
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今、見終わったばかり。映画壬生義士伝
 「良く出来てるなあ。」と思う。原作は文庫で上下2巻のもの。
 この分量を映画化するのは、結構、大変だったのではないだろうか。

 原作は浅田次郎。当代随一のエンターテイナーだとボクは思っている。『蒼穹の昴』などの重厚な歴史物から、初期の『プリズン・ホテル』や『きんぴか』のユーモア極道小説から、映画化された『ぽっぽ屋』などの、切なく、キラリと光る中・短編まで、向かうところ敵なしの面白さ。奇跡の才能である。

 この『壬生義士伝』も、時代物で「新撰組」を扱っているのだから、花はいくらでもあるはずなのに、扱うは「吉村貫一郎」という、腕は立ち、頭も良いが、東北(南部)弁、丸出しの朴訥で、金にこだわる男。

 自分の家族を守るために南部藩を脱藩し、「新撰組」に加わる。敵役は「斉藤一」という同じ「新撰組」で、すご腕だが、ニヒリズム的な男。死ぬ場所を求めて人を切る男と、自分の大切な何かを守るために人を切る男の対比が見事である。

 いつのまにか両者は友情に近い感覚を持つようになっていく。もちろん、真剣による対立も踏まえての上だが・・・。

 誰もが知っているように、「新撰組」は歴史の上で賊軍となり、京より敗走につぐ敗走。沖田総司はその前に命を落とし、近藤勇も撃たれ、土方歳三は五稜郭まで生き延びるが、逃げ落ちていることには変わりはない。

 そんな中、南部の藩の領地まで追われてきた、吉村・斉藤軍は、町に潜んでの奇襲作戦に全てをかける。いったんはうまくいったのだが、形成を逆転したのは、「錦の御旗」
 これについては、マイブログの『天皇家はなぜ続いたのか」(梅澤恵美子)を参照してもらいたいが、この旗の登場で「新撰組」を含む、幕府軍は腰砕けになって敗走する。

 しかし、吉村は引かなかった。単身、官軍へと突撃を試みる。ここに、彼の最後の武士としての義が描かれているのだ。

 家族を守るために、藩を裏切り、人を殺してきた男は、最後に武士としての義を守り死んでいく。実にドラマチック。ちなみに、原作では、多くの関係者の思い出話という形で「吉村」の人間像が語られていく


 今日の名言

 原作の本から、落ち延びた斉藤が、吉村から「おにぎり」をもらう場面。

 「貴公、食ったのか。」
 「いえ、若い者から順ぐりに渡しまして、これが残りの一つです。」
 「なぜそれを先に言わぬ。残りの一つを、わしが食ろうてしもうたではないか。」
 すると吉村は、細い指をわしの口元に指し延びて、飯粒を一つつまんだ。そして、その一粒を前歯で噛みながら、こんなことを言うたのじゃ。
 「ひもじさには慣れておりますゆえ、これで満腹です。」
 もう我慢がならなかった。わしは吉村の首を摑んで草むらに押し倒した。
 人間は嫌いじゃ。おのれのことより他人を気遣う仁者は、もっと嫌いじゃ。たかが糞袋が、なにゆえ他人の腹を気遣う。人が人を憎み、恨み嫉みの末に命を奪い合うこの世の中で、おまえはなぜおのれの腹すら満たそうとはせぬのじゃ。
 罵る声は一つも言葉にはならず、わしは奴の襟首を締め上げ、乱れたたぶさをゆすり立てながらようやく言うた。
「吉村、逃げろ」とな。

  錦の御旗を見て、敗走する軍の中で、独り立ち向かう吉村。

 「新撰組隊士吉村貫一郎、徳川の殿軍ばお務め申す。一天万乗の天皇様に弓引くつもりはござらねども、拙者は義のため戦ばせねばなり申さん。お相手いたす。」
 横殴りの雪が、だんだら染めの隊服を翻しておった。それはわしが後にも先にもこの世で初めて見た、まことの侍の姿じゃった。たったひとりの、いや、ひとりぼっちの義士の姿じゃった。


 この映画も原作も一見の価値があるものだとボクは思う。