普通の人間が、普通の日常を、ただダラダラと記録しつづけるだけの、いわゆる凡人の日記です。
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 2007年5月9日(水)くじらの日 休職106日目 晴れ 暑し

 疲れていたので、二日ほどブログお休みしました~。
 「」で落ち込んでいたわけじゃないので、ご心配なく!


 上野まで、はるばる「ダ・ヴィンチ」の『受胎告知』を見に行ってきました。美術展も久しぶりです。
 楽しかったけど、疲れました。

 おかげで今日は9時起き。
 いつもよりは遅めです。

 あっというまにお昼。
 歯医者があるので、昼は後回し。
 口の中をおそうじしてもらって、
 次回は型をとるとのこと。
 あれ、苦手なんだよなあ。

 昼は『一頭屋』でランチ。
 「舌平目のパン粉焼き」
 タルタルソースが卵の味がして、
 おいしかった。

 帰ってきてから、
 久しぶりに昼寝。
 2時間、ぐっすり。
 やっぱり疲れているみたい。

 夕は『末広』にて、
 「鳥野菜いためライス」
 そろそろ運動も始めたいなあ。

 『レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像』(国立博物館)

 休職していて唯一「これはいい」と思ったこと。
 それは、比較的空いているときを狙えること。

 『ダ・ヴィンチ展』も、1時間待ちとか覚悟していたけど、さすがにGW開けの人ごみの谷間。人が多いことは多かったけど、待たずに入れました。『受胎告知』も間近でバッチリ。このあとは女子校生の団体がなだれこんで来たので、ラッキー。

 もっとも『ダ・ヴィンチ展』と言っても、本物の絵は『受胎告知』だけで、残りは資料や模型や映像の展示。「ダ・ヴィンチ」の絵画自体が少ないので、いたし方ないし、模型や資料もそれなりに興味深かったので、損をした気はしない。

 『受胎告知』は、その数少ない作品のうちでも、未完とされている『モナ・リザ』を除けば、「ダ・ヴィンチ」本人が全面的に仕上げた単独作で、傷や加筆はほとんどないと言われている。写真や映像では見たことがあるが、実際に肉眼でみると、確かにすばらしい。「ダ・ヴィンチ」の他の絵同様、この絵にも謎はあるらしいけど、そんなものは抜きにして、息を呑むばかり。

 その他の展示も、改めて「ダ・ヴィンチ」の天才性に感嘆する。博覧強記というか、学際的な巨人と呼ぶべきか・・・。まさに天がこの世に遣わした才能である。

 今日はその中から、絵画についての説明のから「ダ・ヴィンチ」に対する評価の一節を抜き出してみたいと思う。


 「今日の名言

 絵画はあらゆる学術の中で最上位に位置すると、レオナルドは考えていた。絵画は遠近法という数学的原理に則り、経験による実証を踏まえ、普遍的な知識の上に成り立っているからだ。
 画家は「目」という根本的な道具を使って描く。目は精神と、つまり魂と直接結びついている。目を介して自然の物事が精神につなぎとめられ、手を用いて精神が描かれる。即ち、絵画とは「精神の記述」にほかならず、自然界のあらゆる形態を完全に模倣するだけでなく、自然には存在し得ない形態を生み出すことすら可能なのであった。


 当時においては、紛れもなく、偉大な哲学者であり、科学者であり、芸術家であったのである。

 しかし、国立博物館の階段で思わずこけてしまったのが、情けなかった。体力は確実に弱まってしまっているようだ。 

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 2007年1月3日(水) 曇りのち晴れ 15度

 朝、8時15分に目覚める。外が暗いし、寒そうだ。半ば「ダリ」を見に行くのはやめようかと思い、二度寝する。10時、大分外が明るくなっている。晴れて暖かそうになってきている。体調も良さそうだし、せっかくの休みにどこへも行かないで、ひきこもって過ごすのも芸がない。思い切って「ダリ」を見に行くことにした。

 服を着替えながら、メールをチェック。11時には家を出る。やはり寒いが、天気は良い。そのまま駅に向かい、お茶を買う。ラッキーなことに行きの電車で座ることができた。電車の中で、『面白南極料理人』(西村淳)を読了。続けて、『相克の森』(熊谷達也)に移る。

 品川で乗り換え、山の手線で「上野」へ。さほど混んではいなかったが座れるほどでもない。何となく、身構えていたので、何か拍子抜けする感じがした。

 上野駅の改札口で『ダリ回顧展』のチケットを購入。窓口の人に「2時間ほど待ちますよ。」と言われて躊躇するが、ここまで来て、後へは引けない。ためらわずに購入。

 「上野の森美術館」はもしかしたら初めてかも。さして、大きな建物ではないが、「ダリ」の顔のドUPがあちらこちらに・・・。列はぐるっと蛇行しながら、300mくらい続いている。去年の祇園大社への初詣にくらべればたいしたことはない。と、腹を括り、読書をしながら、進まぬ列に並ぶ。

 しかし、2時間というのは、少し大げさな言い方であることが判明。実際は1時間ちょっとで入れた。小耳にはさんだ話では、昨日は90分待ちだったから今日が最高の入りだとのこと。変なところでタイミングがあうんだよなあ。ここで、昼も取らず服

 ボクは「美術館」とか「博物館」などには良く足を運ぶ方だと思うが、実質、見ている時間は非常に短い方である。混んでいないときは、普通の速度で歩きながら見て行き(まあ、目に留まった作品の前では立ち止まるが・・・。)1回最後まで見たら、もう一度、気になる作品にもどってじっくり鑑賞する。記念に必ず絵葉書を一枚購入するので、いくつか候補を決める。そのあと、退場して、お土産屋さんで、気に入った絵のはがきを探す。たいがい有名なものばかりで、ボクが気に入ったものはほとんどない。有名な奴から一枚を選んで買う。たまに選べなくて2~3枚買ってしまうこともあるが、まあ、とにかく貴重な1枚を選ぶわけだ。

 今回は混んでいたので、入場するなり、できるだけすいている展示場を探して、そこから、流れに乗ったり、流れに逆らいながら、とりあえず全部見る。じっくり鑑賞している余裕はないので、見られる絵はゆっくり、人が溜まっている所はできるだけ後で・・・という戦法にした。
あまり効果的であったとは思えないが・・・。

 今回の『ダリ回顧展』は、「ダリ」の生誕100年を記念したものであり、アメリカとスペインから日本初公開を含む油彩画約60点のほか、初期のドローイングなども展示してあり、「ダリ」の画家人生が、時系列で見ていけるという所に特徴がある。

 もともとボクは「ダリ」には偏見があり、その昔、バブルの時代に、鎌倉に「ダリ宝飾美術館」というのがあり、「ダリ」がデザインした宝飾品が展示されていたのだが、奇抜ではあるが、虫だとか、人の頭の上にフランスパンを載せているのとか、なんとなく狂気じみたものを感じたからだ。

 その後、埼玉の美術館で彫刻を見たり、横浜美術館で作品を見て、ひょっとして見直した方が良いかも・・・って思い始めていた。結論から言うと見直した。フロイトやアインシュタインなどの学者の思想が根底にあり、積極的に自分の作品に取り入れているのである。しかし、「美」なのか、「醜」なのか、未だに判断はつかない。

 絵を説明しても面白くないし、説明しきれないから、目玉になっている作品と気に入った作品を紹介して終わりにする。

 まず、今回の目玉はどうやら『記憶の固執の崩壊』らしい。パンフレットやチケットも飾っている溶けかかった時計がオリーブの枝にかかったり、水底に沈んだりしている絵。テーマは「核によって終わってしまった世界」らしい。しかし、シュールレアリズムの絵って、どうして、こう、溶けてしまうものなのだろうか?

 ボクの気に入った絵は『地質学的循環 ラ・ピエタ』
ミケランジェロの『ピエタ』をリスペクトした作品。キリストのわきばらなどに穴があき、そこから地中海が見えるようになっている。「ダリ」によれば、「穴の中には現実が存在する」とか・・・

 もう一つは、『世界教会会議』
今回の展覧会では最も大きい作品。絵の左下に「ダリ」自身の絵を描く姿が描かれ、画の中央の「聖女ヘレナ」は、「ダリ」の最愛の人である「ガラ」をモデルにしているように思われる。

 今回は混んでいたので、絵葉書は買わず、目録を仕入れる。目録は高いので、ボクは滅多には買わない。気になる人物の展覧会だけである。
前回、買ったのは「藤田嗣治」の時である。


 今日の名言

 「ピカソは画家であり、画家でしかないが、ダリはずっと先を行く。宣伝へのこだわりや自己顕示の姿勢が強く、せりふや身振りに狂おしいほど独自性を求めることがあっても、ダリは疑いなく天才であり、他に例をみない作家であり演説者であり思想家である」   
     映画監督 ルイス・ブニュエル(目録より)

 並ぶのに時間が取られ、昼べられなかったので、品川で遅い昼。「麺達」の隣にできた、「丼の達人」5件のうちに一件にはいる。地鶏親子丼の店『旬』 ここで「軍鶏親子丼」をす。軍鶏はコリコリしてどちらかと言えば、豚に近い感だった。これなら、普通の鳥の方がおいしいのになと、玉子とたれの塩梅が良かったから残念に思う。でも、こういう食感が好きな人もいるのだろうな。

 4時半、帰宅。少し疲れを感じる。明日は完全OFFの日にして、あさってに備えたいと思う。夜、服はパンと磯辺巻きを食した後にした。
「明智光秀」のドラマを見て寝る。久々に外へ出られた良い日であった。
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