普通の人間が、普通の日常を、ただダラダラと記録しつづけるだけの、いわゆる凡人の日記です。
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 平日。朝4時!に起床。昨夜、「メイラックス」だけで就眠しようとするも、30分立っても寝付けず、たまらず「デパス」を一錠追加。以前、旅行中に薬を忘れ、二日間眠れなかったこともある。
 
 4時から葛藤するも、ベッドから起き上がれず、結局、職場に「休み」の連絡を入れたのが7時30分。「会議があるからがんばって出てきてくれないか。」「何時でも良いから。」と言われる。「そもそも、がんばれないからなんだ。」と言いたくとも、職場に迷惑をかけているうえに、いろいろと心配してくれているのが分かるから、なおつらくなる。

 病気は自分だけでなく、周囲に迷惑をかけるし、信頼さえも失っていく。けれども、病気を治さなければ、もっとひどいことになる。幸い自殺念慮はでていないが、生きていたくもない。ひどく無力感を感じている。

 そもそも、今回のこの落ち込みの原因はなんだろう。「おかしいな」と思い始めたのは5年位前。原因は分かっているが、書くと長くなるからやめておく。今年に入ってからは、2番目の落ち込み方。前の時は、どうにもこうにも我慢ができなくて、初めて「心療内科」に行った。「」の診断を受け、薬を処方された。これもなんとなく原因は分かっている。その後、浮き沈みはあるけれど、ある程度、安定した気分だった。

 思い当たるのは、ひょっとしたら風邪?ちょっと熱っぽかったけれど、薬の副作用かも知れないし、鼻水と咳がでたけれど、アレルギーで鼻炎と喘息もあるので、いつものことだと思っているし、真相は分からない。

 今朝も喘息っぽい呼吸音があったが、「サルタノール」の吸引で、すぐに直った。思い込みによる「なんちゃって喘息」だったのかもしれない。

 とにもかくにもベッドの呪縛から今日も逃れられず、またも仕事を休んでしまった。そのあと、いつのまにか寝込んでしまったらしく、結局、動けるようになったのが12時過ぎ。起きてみて愕然とした。目を覆うような、部屋の乱れ方。寝室の机の上から、キッチンのカウンターの所まで散乱する薬の錠剤と、その殻。積み上げてある洗濯物と本の山。足元には新聞紙や手紙や書類が雑然としている。フローリングの床にはうっすらとしたほこりの跡。

 病気になる前のぼくは、割と部屋には気をつかう方で、最低でも週に1回の掃除・洗濯・布団の乾燥は欠かさなかった。この部屋の荒れ方はぼくの心の混乱を如実に表しているようだ。

 12時過ぎ、やっとの思いで食事に出る。今回の落ち込みで救われているのは、食欲だけはあるということ。前回は食欲すらわかず、丸一日、何も食さないこともあったからだ。

 最近できた「キッチン北村」へ行く。洋食屋さんという形容がわかりやすいだろうか。ハンバーグランチを食べる。以前、同じ場所で「シャルダン」というお店をやっていた方の弟さんの店らしいが、そもそも、お兄さんとも、ほんの少し会話を交わす程度だったので、特に変化はない。店の中がキルティングやパッチワークで飾られている。

 食後に「トレドミン」・「トフラニール」を2錠ずつ。仕事に行けないことで不安が募り、さらに「ソラナックス」を一錠追加。この薬は、かなり眠くなるので、やけになってベッドに入る。

 ぼくのベッドは、ぼくを縛り付ける棺桶であると同時に、ぼくに安らぎを与える揺り篭でもあるのだ。昔のどこぞの国の福祉政策みたいな、「揺り篭から墓場まで」と言った感じだろうか。

 再度起きたのが6時。さっき昼食を食べたと思ったら、もう夕食である。食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活である。また「トレドミン」と「トフラニール」を「栄竜」のギョーザライスの後に取る。

 『密やかな結晶』(小川洋子)を83Pまで読む。少しずつ感情移入ができるようになってきた。今回もやはり「喪失」がモチーフだが、ちょっとSFっぽい展開。この世のものが一つ、また一つと世界から消滅し、人々の心からも消えていってしまう「島」が舞台になっている。記憶が残っている人間を秘密警察がとっ捕まえたりして・・・。

 『ギャラリー・フェイク』という細野不二彦の漫画を読了。30巻にもなっている。その1冊なのだが、以前読んだ「自選集」よりも秀逸な作品ばかりだった。奥の深い美術とその世界を偽物専門店のギャラリー・フェイクを運営している、元メトロポリタン美術館のフジタを主人公に描いている。毎回、毎回、良くこんなにネタがあるなと思う。しかも、はずれが少ない。まあまあ満足した。

 さて、今日は、就寝時は『デパス』だけにして、早く眠るつもり。早く寝ようと、遅く寝ようと、は来るときには来る。それは分かっているのだが、何とか明日こそは出勤できればと願わずにはいられない。
 
 青い鳥というモチーフにはいろいろな意味が込められていますね。
希望、幸福、見果てぬ夢――中国においては時間を象徴するという説 があります。・・・だとしたら鳥籠とは時間を閉じ込める欲望の装置。あるいは、大事な思い出をしまった宝石箱のようなもの・・・・

私は・・・おそれるだけです。籠を開け放ったゆえに、時間が飛び去るのを・・・。

          ギャラリーフェイク『鳥籠酒家』より
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