普通の人間が、普通の日常を、ただダラダラと記録しつづけるだけの、いわゆる凡人の日記です。
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11月13日(火) うるしの日 休職287日 ボクの気持ちとは裏腹に快晴!

今日も何もやる気が起こらず、困っています。何ででしょうか。来週には職場と連絡を取ります。う~む
 
tama
うひょひょうひょひょなアフィリ初心者は左のボタンを押そう

 朝というか昼まで眠る。
 11時???
 まあ、無理して起きようという気はなかったが・・・。

 何か疲れるんです。
 何がどうだとか、落ち込むというわけではなく・・・。
 とにかく疲れるっていうしかない状態です。

 昼食と夕食に出る以外は、
 家の中にこもりっきり。
 午後に少し勉強しただけ。

 資料作りも少し停滞ぎみです

 これはいったいなんでしょうか

 休める時は休むが原則なので、
 無理はしてませんが・・・。

 午後2時のTV東京の映画も見ず・・・。
 ちなみに、昨日は『グレムリン』でした。
 こんなスプラッターな映画だったかなあと思いつつ

 というわけで、
 昨日よりはマシだけど、
 寝たっきりの生活です

 今日の飯日記
 『そばっ子』の「そばっ子セット」かき揚天と鮭のお弁当
 『ローソン』で調理パン
 ちょっと、抑え気味です。

 今日は、映画それでもボクはやっていない』を紹介する。

  
tama
猪突猛進猪突猛進を「ちょっと盲信」と思っていた人は登録を

 それでもボクはやっていない

 『Shall we dannce』の「周防正行」監督の作品。
 テーマは「冤罪」

 見ていて、重くなるというか、困惑するというか、恐怖するというか・・・・。
 とにかく非常に考えさせる作品であることは確か。
 想像力のない人には、つまらないかもね。
 法廷劇特有のスリリングさはあるけれども、
 それは前面には出されていない、というか、二の次になっている。

 「痴漢冤罪」ということで、映画では「日本の刑事裁判の問題点の縮図」として、
 表現されている。

 当ブログでも以前触れたが、日本の刑事裁判の場合、起訴されれば99.9%(数字は映画に寄る)は有罪になる。特に「痴漢」の場合は被害者に圧倒的優位。やってないことを証明するのは難しいから。逆に、「強姦行為」の場合は被害者は執拗に調べられる。合意があったかどうかが焦点になるからだ。したがって、「痴漢」行為の場合、交通事故と同じく、示談で済ませる場合が圧倒的に多い。

 しかし、取調べの段階から問題が多い。

 たとえば、証拠としては自白のみ。警察も検察も全否定から取調べに入る。そして、あの手この手で原告に有利な証言を引き出そうとする。過酷な取調べで、同じことをうんざりするほど繰り返させられるのだ。

 これは、心理的に「ゲシュタルト崩壊」みたいな現象を起こさせる。正しいと思っていたことを判断できなくする行為。さらに、否認して裁判まで持っていけば、最低でも3~6ヶ月は拘留。1年間は判決までかかる。しかも、その留置所では、すでに犯罪人扱いなのだ。ここに「代用刑務所」の問題がある。国際的にも理不尽な制度とされているところだ。

 さらに裁判の理不尽さも描かれる。たとえば、

・裁判官の能力は裁判の処理件数で評定される。
・裁判途中で裁判官が変わることもしばしばある。
・「無罪」は検察と警察を否定することになり、裁判官にとっては有利ではない。
 (どちらも国家権力であるため)
・何の証拠もないことも判断しなくてはならない。
 (真実らしさの判断になること)


 つまり、司法といえども、「真実」を明らかにする場ではないという、恐ろしい現実を突きつけているのだ。

 しかし、ボクは一市民として、そういう理不尽さには我慢がならないが、「司法」の公正性を幻想かもしれないけれど信じたい。そこしか、判断してくれる場はないのだから・・・。

 民事訴訟なら、様々な手段もとれるのだろうが、刑事裁判では、圧倒的に「調書」が重視されるのだから、その足元の世界を改めなければ、「審判員制度」の導入なんて、無茶でしょう。
法律の素人を適当に選んで、司法の責任までを国民に押し付ける制度というしかない。審判員に弁護士なみの権限、検事なみの権限を与えるというなら別だけど。
こうなれば、司法への信頼も揺らぐことは間違いない。


 「今日の名言」ー司法ってこれが原則じゃないのー

 『十人の真犯人を逃すとも
  一人の無辜を罰することなかれ。』 


 「裁判は真実を扱う場所ではない。裁判は被告が有罪か無罪かをとりあえず決める場所に過ぎないのだ。」


 もし、ボクが満員電車で・・・って考えると、ゾっとします。「痴漢」を偽装した詐欺的行為もあると聞きます。

 ボクは裁判は「真実」を明らかにする場所だと信じていますが、冤罪事件も(死刑判決も含めて)後を絶たないことを考えると、人間の営みには完全はなく、裁判のあり方もタブーではないということは、一考に値すると思います。

 あなたが冤罪を着せられた時、あなたは自分に石を投げつける人間をどう思いますか?

 安易な厳罰主義が横行している世間に疑問を感じます。

 お休みなさい。
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コメント
この記事へのコメント
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2007/11/14(水) 14:43 | | #[ 編集]
こんにちは。
ご心配をおかけしています。

疲れる時はありますよ。
そういう時はゆっくりとしてくださいね。
きっとすっきりする日もありますよ。
2007/11/14(水) 17:00 | URL | tekotan #-[ 編集]
tekotanさんへ

 「やる気出ない病」は今日も続いています。でも、明らかに「鬱」ではないようです。

 まあ、気分の波の一種なんでしょうね。あわてず、やる気が帰ってくるのを待ちます。
2007/11/14(水) 19:24 | URL | momo2006 #-[ 編集]
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