09年2月2日(月) 休職776日 晴れ。風が冷たい
今日は、仕事をしてきました。復職に向けての準備は着々・・・でもないけど進んでいます

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今日は職場に行って仕事。
復職のための診断書が2通、必要とのこと。
ボクが行っているクリニックは個人経営のため、お医者さんは一人しかいない。
もう一人、紹介してもらわなければいけないわけだ。
何かいやな感じがする・・・。
もし、お医者さんがいなかったら、どうすればいいのだろう

困った、困ったなのだ・・・が、今、困っていてもしょうがないので、
次回の診察で相談するつもり。
うまく行けばいいのだが・・・。
今週はレンタルで『自虐の詩』と『チームバチスタの栄光』を見た。
偶然だが、両方とも「阿部寛」が出ている

この人は、こういう癖のある役がすっかりはまってしまったようだ。
映画の感想・・・としては、『自虐』の方はちょっとリアルな部分もあったりして、「う〜」とか思ったけどまあ楽しめた。
「バチスタ」は・・・つまらん。TVもそうだけど、小説の方が圧倒的に面白い。ただし、最新作の『イノセントゲリラの祝祭』はだめだ。理屈ばっかりが先走っている。
ボクにしては珍しく、ハードカバーで買っている作品群なんだけどなあ。残念だ。
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ボクが「裁判員制」について、考えている間に、相次いで、死刑が執行された。
それについての「抗議」が相次いで出されている。
今日はボクがリンクしている某サイトより、孫引きさせてもらう。抗議声明の一つだ。
『死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90』より
抗 議 声 明
本日(1月29日)、牧野正さん(58歳:福岡拘置所)、佐藤(旧姓野村)哲也さん(39歳:名古屋拘置所)、川村幸也さん(44歳:名古屋拘置所)、西本正二郎さん(32歳:東京拘置所)に死刑が執行されたことに対し、強く抗議する。
森英介法務大臣は、昨年10月28日に死刑執行を行い、更に3ヶ月後の今日、4名の死刑執行を行った。これは、死刑の執行にあたっては、記録を精査し慎重に慎重を期すという人命に配慮した従来の慣行を完全に踏みにじるものであって、暴挙というほかない。
2006年12月25日の長勢元法務大臣の死刑執行に始まり、鳩山、保岡の各法務大臣へと続く連続的な大量の死刑の執行は、わずか2年1ヶ月の間に、10回、合計32名にのぼり、過去30年間類例がなく、死刑廃止に向かう国際的なすう勢に完全に逆行するものであって、強く非難されなければならない。
国家・個人を問わず、人の命を尊重し、如何なる理由があろうとも人の命を奪ってはならないことは、人類共通の倫理であり、民主主義の原理・原則である。そして、それ故に、すでに世界の3分の2以上の国と地域が死刑を廃止しているし、国連は一昨年と昨年12月の2回にわたりすべての死刑存置国に対して死刑執行の停止を求めたのであり、これに応えて死刑存置国は死刑の執行を減少させてきたのである。しかし、唯一日本だけが、これを意図的に真っ向から踏みにじり、本日4名もの死刑を執行した。
昨年10月ジュネーブで開かれた国際人権(自由権)規約委員会において、日本の死刑制度について10年ぶりに審査が行われ、委員から死刑廃止を求める厳しい批判がなされた。日本政府は、この批判に謙虚に耳を傾け、死刑の廃止に向けてスタートを切るべきであったにもかかわらず、これにあえて逆らい、死刑の執行を強行したことは、国際的にも強く非難されてしかるべきである。
日本では、凶悪犯罪は減少の一途をたどっている。死刑判決と死刑の執行の激増を正当化する理由はどこにも存在しない。
牧野正さんは、無期懲役の判決を受けた事件の控訴取り下げ無効の裁判を起こし、係争中だった。死刑判決を受けた事件に関しても、本人が控訴を取り下げており、三審まで裁判を受ける権利を保障されておらず、死刑の量刑が正しかったか否か大いに疑問がある。
佐藤哲也さんと川村幸也さんは、共犯4人の事件で、2名は無期懲役の判決を受けており、首謀者は別にいると争っていた事件である。佐藤さんは、昨年再審請求をしていたが、自ら取り下げている。川村さんは、再審請求をして、棄却された状態で、さらなる再審の準備をしているところだった。
西本正二郎さんは、自ら控訴を取り下げて確定した事件で、三審まで裁判を受ける権利を保障されておらず、死刑の量刑が正しかったか否か大いに疑問がある。
同時に、法的に何らの義務がないにもかかわらず、死刑の執行を強いられている拘置所職員の苦痛にも心を致すべきである。
今回の死刑執行の対象者は、比較的若い年齢だった。いずれも、昨年私たちが行ったアンケート調査に対して、裁判のあり方に不服を持ちながらも、「命をもって罪を償いたい」と回答してきている。また、今回執行された人たちのように、事件を反省し、死刑を受け入れている人たちに対して、あらためて「命を奪う」死刑という刑罰を適用する意味があるのか、もう一度考える時期に来ているのではないだろうか。法務省は、真に反省した人を矯正・更生させることにもっと力を注ぐべきなのではないだろうか。罪を犯した人を国が殺すことで事件を解決したものとみなすという今のあり方は、あまりに安直すぎる解決方法であることを、法務省はもっと真摯に受け止めるべきである。
私たちは、死刑の廃止を願う多くの人たちとともに、また、森英介法務大臣に処刑された牧野さん、佐藤さん、川村さん、西本さんに代わり、そして、この間連続的に死刑を執行させられている拘置所の職員に代わって、森英介法務大臣に対し、強く抗議する。
2009年1月29日
世論が求めているから「有罪」・「死刑」等の判決を出すことが本当に正しいのか。
「裁判員制度」が導入されれば、「裁判員」等しか知ることができない事実もあるのではないか。
その時の批判は誰が受けるのだろう?
次に、どこぞの弁護士がどこぞの現大阪知事から「石を投げろ」のごとく言われるのは誰か?
多数決で一票差で刑が決まったとしても、責任は同じ。
その判決を出したのを仮に「誰も知らない」としても、反対あるいは賛成を出した人間の「心」の問題は、どうなるのだろうか。
もし、判決を出した後、新たな証拠が出て、冤罪が証明されたら、「裁判員」はどう思うのだろうか。
世の中は手のひらを返したように批判するのではないか?
責任をとらなければいけないのだろうか?
ボクにはどうも納得が行かない。
誤解がないように一言だけ。
「被害者や被害者遺族を裁判に参加させるべきではない」と言っているのではない。
これって、「すべて(選ばれた)民に任せればよい」と言っている「新自由主義路線」の法律版ではないかと思うからだ。
「市場にもルール」が必要なのと同じように「裁きの場」にも「民」を入れるならば「ルール」をしっかり作ってからにして欲しいということなのだ。
そして、そもそも「人を裁く」ということを「人」がどこまでできるのか?
という問題なのだろうと思う。
「殺せ」で済むなら「人」はそんなにいらないだろうよ。
と言うことで、今日は、
お休みなさい。
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